6月
千葉中央駅に直結した京成ホテルミラマーレに泊まります。じゃらん掲載ハイクラスの宿となっていて、客室は広めで、ソファも入っていました。式場もあり、レストランは3つあります。

11階からの眺め。中央のマンションが気になりますが、悪くありません。

周辺を散策します。千葉神社の社殿は2階建てで、上下二つの拝殿を有しています。厄除開運、八方除の御神徳があります。

千葉城です。千葉市立郷土博物館でもあります。

モダンな鉄格子を受け継いだ都川に架かる吾妻橋。個人的にほのぼのとして美しく感じます。

こんなんもあります。日影の位置で、秋分・夏至等が分かります。

徳田秋声が著した「縮図」の舞台となった蓮池。元は花街として栄えていました。今は、栄町の方が有名だ。ふじというお店では、文学的な色合いの薄れたガリガリだった。

次の日は、モノレールを使って千葉公園で蓮を観に行きます。

ちらほらと淡紅色の大賀ハスが観えました。もっと早い時間に来ればよかったのでしょう。6〜8時の鑑賞がおすすめということです。あと、例年よりも今年の開花は早かったそうです。開花は6月いっぱいまでとなりそうです。大賀ハスは、2000年以上前から存在したとされる古蓮で、大賀一郎博士が発見したことで、この名がつきました。

花弁は14〜24枚。花径は15〜28cm。一重咲きです。

仮設展望台から。左側にあるのは、蓮華亭で、大賀ハスに関する資料などが展示されています。

川崎製鉄千葉製鉄所で資材や原料の運搬に使用された機関車。千葉公園は、かつて旧陸軍の鉄道連隊が演習作業をしていた場所でした。当時の面影を残す荒木山などがあります。現在は、野球場やプール、体育館などもあり、市民に身近な公園として親しまれています。千葉駅から徒歩10分ほどなので、散歩がてら立ち寄るのも良いでしょう。
国木田独歩も湯河原を愛した一人で、日本列島をイメージした9つの足湯が楽しめる「独歩の湯」があります。大人300円、小・中学生200円。

花菖蒲展も開催されています。約200種、3500鉢もの花菖蒲が展示されています。

湯河原のB級グルメ「担々やきそば」も観光会館4Fのパノラマラウンジで召し上がれます。昔、狸が見つけた湯河原の温泉がありまして、それにあやかる形で考案されました。ピリ辛の焼きそばに、目玉焼きがのせてありました。なお、アレンジや辛さはお店によって若干異なるそうです。ここはサービスが良かったので、宣伝させてください。あまり辛すぎず、ボリュームもありました。テラス席では滝の音がよく響き、木々の緑とともに情緒豊かに召し上がることができました。担々やきそば650円。

狭い道路を進んだ先には、ゆとろ嵯峨沢の湯がありました。地下約1110メートルから汲み上げていて、飲泉もOKです。施設内から太平洋を眺めることができます。刺青の人もいますので、目を合わせないようにしましょう。日帰り入浴、1350円。
2015年6月8日 |
国立新美術館。乃木坂駅から直結しています。ベルギーの巨匠ルネ・マグリット。彼のシュールレアリスムは、パリの画家達のような無意識を根底にしたものではなく、日常に潜む謎と神秘を表したものであった。
 |
パンフレットの表紙になっている代表作の「ゴルコンダ」。男はどこにでもいる。ありえない所にもそれをを描く。そして、皆別人。
 |
これはしびれた。「凌辱」という作品。女性の胸が目で、臍が鼻、陰毛が口となっていて顔を形成していますよね。この発想こそ大事。
世界10か国以上から約130点の作品を集めた13年ぶりに本格的なマグリットの展覧会。一般1600円・大学生1200円・高校生800円です。今月29日までやっています。興味のある方は、ぜひ観てみよう。
2015年6月1日 |
スタートは、大森駅です。それなりに人は多くて、駅を離れると、自転車に乗った人が散見されます。 |

ホテルビジネスヴィラ大森に泊まります。マンションのような建物で、ベランダも付いています。チェックインは14時からで、チェックアウトは12時までというのも魅力的です。駅からやや離れてるのが難点でしょうか。
 |
次の日、穴盛稲荷神社に参拝しました。切妻造り、妻入り。商売繁盛・家内安全などの御神得があります。1818年洪水から近隣一帯を守るために建立。

拝殿横は、京都の伏見稲荷大社ほどではありませんが、千本鳥居と呼ばれる連なった朱の鳥居があります。ここをくぐって、奥の宮に参るようになっています。

境内を出て、羽田空港方面に歩を進めます。弁天橋を渡ると、徒歩で行ける羽田空港最端の地に平和と書かれた大鳥居が建っています。なぜ、こんなところに違和感溢れる大鳥居が建っているのでしょうか。ここはもともと、穴盛稲荷神社の境内でした。戦後になりますと、アメリカ軍により、神社が強制撤去されることになりました。ところが、この大鳥居を動かそうとしたところ、工事関係者に惨事が相次いで起こり、呪われている大鳥居として撤去されずにいました。結局、1999年に新滑走路整備の時、近隣住民の反対意見を押しのける形で、今の位置に移動されましたが、羽田空港の玄関口で近隣住民を見守りながら堂々と建ちつづけているように感じます。